東京高等裁判所 昭和54年(行ケ)86号 判決
本件審決にこれを取消すべき違法の点があるかどうかについて考える。
成立について争いのない甲第五号証(米国特許第二一六二七〇一号明細書)によれば、第一引用例には、審決(成立について争いのない甲第四号証の一)認定のとおり、粉末金属を焼結して携帯時計の側その他の装飾品に用いる素材を作ることが示されている事実を認めることができる。しかしながら、右明細書によれば、右素材(物品)は、銀、金、白金、イリジウム、パラジウム、銅、ニツケル、亜鉛、アンチモン、コバルト、モリブデン、タングステン、チタン、タンタル、鉄及びこれらの合金などの種々の硬度範囲にある金属の粉末を焼結して、これを連続構造体に固めてモザイクにしたものであり((第一頁左欄一~五行(訳文第一頁六~九行)、同二四~三〇行(訳文第二頁八~一二行)及び特許請求の範囲の項))、メツキ又はほうろう引きのような表面装飾とは違つて、表面が摩耗してもモザイク模様が消えることはない((第一頁左欄一四~二三行(訳文第一頁末行~第二頁六行)、第一頁右欄一六~二一行(訳文第四頁七~一〇行)))ようなものであり、また、モザイクは予備焼結体又は予備焼結片のみで作る必要はなく、モザイクの一部を鋳造し、圧延した材料で作り、一部を粉末金属が作つた予備焼結物で作ることができる((第二頁左欄五~九行(訳文第六頁三~六行)))ようなものであることを認めることができる。そうすると第一引用例の方法で作られる携帯時計の側は、成形後も必要に応じて、周知の材料に施すと同様な技術により、精密加工を加えることができる材質より成るものとみるのが妥当であり、それは、本件発明におけるように、ほぼトパーズの硬度にまさる硬度を有する焼結タングステンの炭化物又は焼結チタンの炭化物を基礎とする硬質金属により構成され、従つて精密加工が不可能に近い(成立について争いのない甲第二号証――本件特許公報――第二欄二四、五行参照。)ものとは異なるものというべきであり、右の相違は、第一引用例の記載に第二ないし第四引用例の記載をあてはめてみたところで、右各引用例の記載から本件発明が容易に推考し得るものとすべきほどのものではないというべきである。
被告は、第一引用例には実施例として、軟い金属粉末を使用したものが示されてはいるが、モリブデン、タングステン、チタン及びこれらの合金のような硬度の高い金属粉末も用いうることが示されているから、これに第二ないし第四引用例に記載されている粉末金属の焼結技術、また、周知の粉末冶金法による金属炭化物の成型品を得る技術を使用して装飾品を得ることは容易に考えられるものであるとの趣旨を主張する。そこで、第二ないし第四引用例についてみる。
第二引用例(成立について争いのない甲第六号証)は、タングステンの炭化物及びチタンの炭化物を使用することを示しているが、これらは金、パラジウム、白金、銀等の貴金属と共に用いられ、この貴金属の延性、可鍛性、硬度、耐摩耗性、耐酸化性のようなそれぞれの性質は保存され、これら貴金属の成分の方がタングステン、チタン等の炭化物成分よりも多いものである((第一頁左欄一~六行(訳文第一頁六~一〇行)、同一七~三二行(訳文第一頁下から二行~第三頁九行)、第一頁右欄一五~二一行(訳文第三頁下から三行~第四頁一行)))から、混合材料全体としては、貴金属の硬度の影響が多く現われ、少なくとも本件発明におけるように、スクラツチプルーフの表面を具えた素材が得られるものとはいえない。従つて、第二引用例には焼結タングステン炭化物それ自体を装飾のために用いるという技術思想が開示されているということはできない。
第三引用例(成立について争いのない甲第七号証)には、審決認定のとおり、タングステン炭化物を基礎金属体として、粉末冶金法により、超硬度のみならず、光沢豊かな耐摩耗性金属合金が得られることが記載されていることが認められる。しかしながら、第三引用例記載の金属は、明細書によれば、「旋盤センター、プラグゲージ、みがきチツプ、内面ゲージ、リングゲージ、静止板及び著しい摩耗に供せられる場所に使用せられるいろいろの他の機械要素又は装置」((第一頁左欄三~七行(訳文第一頁七~一〇行)))、「機械工具、自動車及び他の機械装置のいろいろの部品」((第一頁左欄二三~二五行(訳文第二頁六~七行)))のようなものの製造に使用されるものであつて、第三引用例は装飾目的をも有する携帯時計の側にも使用され得ることを示唆はしていない。
第四引用例(成立について争いのない甲第八号証)には、審決認定のとおり、タングステン炭化物等を粉末として、これを型に入れて加圧成形し、これを加熱して硬度の高い任意の形、大きさのブロツクを製造することが記載されていると認められる。しかし、明細書によれば、第四引用例の方法で作られるものは「線引き用ダイス、工具、ベアリング」等((第二頁三一~三八行(訳文第五頁下から八行~同三行)))であり、これらはいずれもその材質の超硬性、耐摩耗性を利用した材料加工用工具及び装置の部品であつて、携帯時計の側のような装飾的機能は全く要求されることがなく、従つて右引用例は本件発明を示唆するところがないものというべきである。
以上の次第で、第一引用例と本件発明の差異点を指摘し、第一引用例記載の時計側素材の硬度を、タングステン炭化物等の粉末を用いて必要な硬さにすることは、第二ないし第四引用例に示された技術から当業者が必要に応じて容易になし得るものと認めた審決には判断を誤つた違法があるから、原告の本訴請求を認容して、これを取消す。
〔編註〕 本件における発明の要旨および審決理由の要旨は左のとおりである。
本件発明の要旨
携帯時計の使用時に目に見える部分の内、少なくとも幾つかがほぼトパーズの硬度にまさる硬度を有する焼結タングステンの炭化物または焼結チタンの炭化物を基礎とする硬質金属により構成されることを特徴とする携帯時計の側。
審決理由の要旨
本件発明の要旨は、前項記載のとおりである。
本件発明と、昭和一四年一一月八日特許局陳列館(現在の特許庁資料館)受入れの米国特許第二一六二七〇一号明細書(以下「第一引用例」という。)記載のものとを比較するに、第一引用例には粉末金属を焼結して携帯時計の側等その他の装飾品に用いる素材を作ることが示されてあるので、第一引用例のものは、<1>トパーズの硬度にまさる硬度を有するものではない、<2>焼結タングステンの炭化物、又は焼結チタンの炭化物を基礎とする硬質金属ではない点において本件発明と相違するが、その他の点では格別の差異がないものと認める。
ところで、請求人(原告)も、昭和五二年一〇月二四日付で提出した特許異議答弁書で認めているように、携帯時計の側を傷のつかないような材料で作ることは従来より課題として周知のものであり、昭和一五年五月三日特許局陳列館(現在の特許庁資料館)受入れの米国特許第二一八八八七三号明細書(以下「第二引用例」という。)には、タングステン、チタンの炭化物を含む粉末金属を焼結して硬度の高い金属を得る点、及びこれを装飾用に用いる点が示されており、また、昭和一四年七月二六日特許局陳列館(現在の特許庁資料館)受入れの米国特許第二一四七三二九号明細書(以下「第三引用例」という。)には、タングステン炭化物を基礎金属体として粉末冶金法により超硬度のみならず光沢豊かな耐摩耗性金属合金が得られる点及びその混合比により硬度が変えられる点について記載されており、更に英国特許第一五七七四七号明細書(以下「第四引用例」という。)にも、タングステン炭化物等を粉末として、これを型に入れて加圧成形し、これを加熱して硬度の高い任意の形、大きさのブロツクを製造する点について記載されてある。
してみれば、第一引用例に記載された粉末金属を焼結して素材を作りこれを時計側に用いる場合、その硬度を必要とする硬さとするためにタングステン炭化物等の粉末を用いて素材を作ることは、第二ないし第四引用例に示された技術からみて当業者にとつて必要に応じて容易になし得る技術手段であると認められる。
また、その素材の硬度が、「トパーズの硬度にまさる硬度」とした点は、本件発明において、その硬度を得るための構成について特に限定されておらず、第三引用例において、その成分の混合比を変えることにより必要とする硬度が得られる旨の記載があることよりみて、硬度についてはその必要性、加工技術等を考慮して当業者が適宜選択決定できる問題にすぎないものと認められる。
よつて、<1>、<2>の相違は、いずれも第二ないし第四引用例に記載された技術内容より当業者が必要に応じ容易になし得る程度のものと認められる。
従つて、本件発明は、第一ないし第四引用例に記載された発明により当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない。